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大学時代の親友との思い出

俺には大学時代、Nという友人がいた。
友達の少ない俺にとって「親友」と呼べる、貴重な存在だった。

Nはいわゆるイケメンで、当時サークルの女性部員の間では、俺とNとで 人気を二分
・・・などするはずもなく、完全にNの独占状態だった。orz

ヤツは頭も良く、更にテニスで某県の国体選手に選ばれるほど、運動神経も良かった。

しかし一見パーフェクト超人のNにも、重大な欠点があった。
Nの性格は「脳天唐竹割」というか、非常に単純すぎるヤツだった。
普段はとても良いヤツなのだが、自分の納得できない事や理不尽な事に対しては、速攻でキレる。
そして一旦キレると、相手がどんな人間であろうと、後先考えずに必ず暴走した。

ここで、彼を象徴する代表的なエピソードを1つ書こう。
Nは大学時代、近所のコンビニでバイトをしていた。
そんな ある夜のこと、コンビニでレジを打っていたNの元に、突然 刃物を持った男が乗り込んできた。
その男はNに刃物を突きつけ、「金を出さなきゃ刺すぞ!」と凄んだらしい。
不運にも深夜の事で、その時店内にはNしか居なかった。

ここで皆さんなら、どうするだろうか。
もしその時バイトしてたのが俺だったら、即座にレジを開けて、迷わず全額男に差し出した事だろう。
しょせんは他人の金だし・・・というか、いきなり見知らぬ男に目の前に包丁を突きつけられれば、俺ならたぶん卒倒してたと思う。
しかしNは違った。Nは平然と、男にこう言い放った。






N「嫌だね!」
男は少しひるみながらも、「金を出さなきゃ刺すぞ!!」と更にNを脅す。
すると事も有ろうかNは、「刺せるモンなら刺してみろ!!」と叫んで、逆に男を威圧したのだ。

男は予想外の展開にビビッたのか、1円も奪うことなく、包丁を握ったままコンビニから逃げ出した。
まさか脅す側が逆に脅されるとは、夢にも思わなかったのだろう。


しかしここからがNの真骨頂である。
なんとコンビニから逃げ出した男を追いかけ、ついには包丁を持った相手を取り押さえたというのである。
その夜 警察の簡単な事情聴取を済ませたNが俺の家に来て、上記の修羅場を俺に報告してきた。

もちろんNのくだらない作り話だと思った俺は、
「はいはい、良くできた作り話ですね♪」
と適当に流していたが、翌日の朝刊の3面記事に

『お手柄大学生、コンビニ強盗を捕まえる』
という見出しが本当に載っていたのには、開いた口が塞がらなかった。

・・・とまぁ、こんな調子でNは、怖い者知らずの性格故か、とにかく騒ぎの絶えない男だった。

そんなNとは対照的に、俺は生まれついての超ヘタレ。
相手がどれだけ悪かろうが、納得できない理不尽な言いがかりだろうが、絶対に自分から謝るような男だ。
人と争う事が何より苦手。最後に殴り合いの喧嘩した記憶は、小学校3年生頃だろうか。
とにかく、争いを避けるためなら土下座も厭わないほどの小心者だ。

そんな対照的なNと俺だけど、何故か馬が合った。
あまりに正反対の性格だったから、逆に惹かれ合ったのかもしれない。
そんな訳で俺は、大学の4年間という歳月を、Nと まるで血を分けた兄弟のように、共有した。

今回は、そんなNと俺がとあるバチ屋で体験した修羅場だ。
6年前のある日、俺とNは「近々近所にバチ屋がオープンする」という情報を入手した。
パチンコキ○ガイの俺等がそんな情報を見逃す訳もなく、もちろん朝イチから並ぶ事に決まった。
俺もNもバチ屋のオープンというのは初めての事で、一体どれだけ出るんだろうと、毎日悶々としながら、オープンの日を心待ちにしていた。


そして待ちに待ったグランドオープン当日。
Nの黒いスカイラインに乗り込み、二人で決戦の地へと赴いた。
その数ヶ月後、ある洪水の晩にエンジンがぶっ壊れる運命にある、悲劇の車。
もちろんそんな未来を知る由もない俺達は、快調に早朝の国道を スカイラインでかっ飛ばした。

途中コンビニで食料や雑誌等を買いつつ、午前6時バチ屋に到着。
(ちょっと早すぎるかな?)と考えてたけど、バチ屋の入り口前には既に10人近くの猛者が並んでいた。
若い男から爺さんから、おばさんからリーマン風の男まで、老若男女多種多様だ。

中には寝袋を持参してる強者までいる。 まさかここで夜を明かしたというのだろうか。
オープンの予定時刻は午後3時にも関わらずこの人達の気合いの入りっぷりには、二人してビビッた。
やはりそれだけ、バチ屋のオープンには並ぶ価値があるという事なのだろう。
1番乗りと思ってたけどまぁいい、まだ10番前後だ。
これなら二人とも、大好きなモンスターハウスを楽々ゲットできる筈だ。

俺等の前に並んでいる人達のオープンに懸ける意気込みに圧倒されつつも、益々期待で胸が膨らむ。
ただ問題は・・・今から約9時間、Nと二人でオープン時刻まで並んでなければならない事だ。

こうして二人の長い長い一日が始まった。
ほとんど毎日を一緒に過ごしているNと俺の仲だ。
今更二人で長時間喋り続けるのも、大して苦にならない・・・はずだった。
が、やはり9時間というのは俺達の想像以上に、途方もなく長かった。
とにかく気力の続く限り夢中で、何時間も色んな事を語り合った。

パチンコの事、麻雀の事、大学の授業内容、バイトの事、サークルの裏事情、
彼女とのエロ話、将来の夢、とにかく思い付く物全てを語り尽くした。
やがて喋るのに疲れると、しりとりしたり、ジャンケンしたり、漫画読んだりしながら、ひたすら時間を潰した。
気が遠くなるほど時間が経つのを遅く感じた。
時計を見るとようやく正午を回った頃だった。

Nとはしょっちゅう色んな話をしてきたが、半日ぶっ続けで喋り通したのは初めてだ。
コンビニで買い込んだ食料や飲み物もとっくに底を突き、腹は減る一方。
朝買ったばかりのジャンプも、既に3回ぐらい読み返している。
俺は空腹と疲労と心労で、今にもぶっ倒れそうだった。
元気が売りのNの表情にも、さすがに疲労の色が窺える。
それでも待望のグランドオープンだけを心の支えに、ひたすら頑張った。
二人はさながら、冬山で遭難し 飢えと寒さに耐えながら、
それでも救助隊を信じて待ち続ける、遭難者の心境だった。
今までの人生において、こんなに真剣に 一生懸命『暇つぶし』に取り組んだのは、初めてだ。

ついに時計の短針が1時を指した。あと2時間。
俺達はようやく念願のグランドオープンの瞬間まで、あと2時間というところまで辿り着いたのだ。
時計が1時30分を回った頃から、急に周囲の空気が変わったように感じた。
それまで期待でニコニコしていた客達の表情が、少しずつ引き締まってきたような気がする。

バチ屋の新装オープンに並んだことのある人なら分かると思う。
「バチ屋の新装オープン直前」というのは、一種独特の空気を帯びている。
期待、不安、希望、緊張、虚栄、安堵、虚無、悲哀・・・
そんな様々な感情が混濁し、それはやがて、巨大な殺気へと変貌を遂げる。
そんな殺気が一筋の大きなうねりとなり、辺りをピリピリと凍てつくような空気で支配していく。
さっきまでのざわついたパチ屋正面の扉周辺が まるで嘘だったかのように、静寂に包まれている。
心なしか、都会のど真ん中にも関わらず、周囲の喧噪が遠のいたような気さえした。
ふとNの顔を見ると、そこにはさっきまでの疲れたNではなく、
飢えた狼のような、やけに目をギラつかせた表情になっていた。
遂に時計の針が2時を指した。あと1時間。客達の緊張感はピークに達しようとしていた。


そんな時だった、あのオッサンが俺達の前に現れたのは。
そのオッサンを一言で形容するなら、まさに『極道』だった。
まるで任侠映画からそのまま飛び出してきたような、絵に描いたようなヤクザだった。
パンチパーマにちょび髭、濃い目のサングラスをかけ、白のスーツに紫のシャツ。
はだけた胸元には、金のネックレスが光っている。
こんなモロにアレな人、きょうび極妻でも出てこない。

そのオッサンは、いつの間にか そこに居た。
まるでさも最初から、当然そこに並んでいたかのように。
でもそのオッサンは、明らかに最初から居なかった。
この乞食は、オープン直前にフラッ現れ、なにげなく俺達の前に横入りしようとしているのだ。
このオッサンの真後ろは、気の弱そうなオバサンだった。俺等の5番ぐらい前だ。

このオッサンの横入りは、俺とNの9時間に渡る労苦を完全に踏みにじる行為だった。
そればかりか オッサンを真似て、どさくさに紛れて横入りしようとするハイエナのような連中が、いつの間にか扉の周辺に群がり始めていた。
俺は猛烈に腹が立った。
普段なら笑顔でスルーしただろうが、その時はとても許せる精神状態じゃなかった。
この時既に俺は、周囲の放つ殺気の渦に飲まれていたのかもしれない。
しかし心の底から沸き立つ憎悪に支配されながらも、ヘタレな俺にはどうする事もできなかった。

「おい、どうした?」

Nが怪訝そうな表情で聞いてくる。
どうやら俺は無意識の内に、凄い形相で歯ぎしりをしていたらしい。
状況を理解していないNに対し、俺はストレスを発散しようと、軽いノリで説明を始めた。
まさかこの説明が修羅場を生むなどとは夢にも思わずに。
俺は怒りにまかせて、Nに事の次第を説明し始めた。

俺「N、あのオッサンを見ろよ。」
N「? ・・・ぶは、ありえねーw なんだあのヤーサンモロ出しのファッションはw」

俺「いや、つっこむのそこじゃねぇよ。よく思い出してみろ、俺等朝から並んでたけど、あんなオッサン居たか?」
N「? いや・・・見掛けなかったな。」

俺「つまりあのオッサンは ついさっき現れて、俺等の5番前に横入りしたって事だよ。」
N「・・・・・。」

俺「なぁN、お前ムカつかねーか? あんなのアリか? 俺等の苦労は何だったんだ?」
N「あぁああ・・・俺、腹立ってきたわ・・・!!」

俺「だろ? まぁ 俺もムカつくし文句言ってやりてぇけど、何もできないトコが、我ながら情けないんだよな。」
N「なら 俺が文句言ってやろうか?」

俺「おう、ガツンと言ってやれ! ボロクソに言ってやれ! ・・・って あれっ?? え、マジで? 言っちゃうの!?」

俺が顔を上げたとき、既にNはそこに居なかった。
そうなのだ。
Nは好奇心に駆られて洪水の町に突撃し、車をぶっ壊してしまう考え無しであり、調子乗ってたサークルの先輩を 酔った勢いでボコボコにするような短気者であり、納得できない事には 包丁突きつけられてもキレてしまうような、単細胞なのだ。

俺が制止する間もなく、Nはそのヤクザにツカツカと歩み寄ると、
「おいオッサン、横入りしてんじゃねーよ!!」といきなり食って掛かった。
俺は目の前が真っ暗になった。

ヤバい、これは非常にマズい。
相手がその辺のウザガキならいい。
だがもしNが文句言ってる相手が本物のヤクザなら、明日の朝
名古屋湾にNと俺の死体が仲良く上がっても不思議じゃない。

心臓が早鐘のように脈を打つ。全身の毛穴という毛穴から変な汗が吹き出してきた。
落ち着け・・・落ち着くんだ。どうにかしてこの事態を収拾しなければ、取り返しのつかない惨事になる。
俺がNを焚き付けてしまったんだ・・・とにかくこの悪夢のような状況を、俺がどうにかしなければ。

俺の心配をよそに、Nはオッサンになおも食って掛かる。

N「あんた最初から並んでなかったよな? なに白々しい真似してんだ?」

オッサンはギロリとNを睨みつけると、ドスの利いた声で反撃にかかる。

オ「何じゃ? こらガキ、なんか文句あんのかコラ。」

う、うわぁぁ??・・・このオッサン、めっちゃめちゃ怖いんですけど!
俺はなんとかNを止めようとするけど、恥ずかしい事に、足がすくんで身体が動かない。
Nは怯まず、更にまくしたてる。

N「あんたさぁ、いい歳こいて 恥ずかしくねーの? 乞食みたいな真似すんなよ!」
オ「何やとこのガキ・・・ええ度胸しとるの、ブチ殺されたいんかコラ!」

N「おう、やってみろや!!」

お互い密着しそうなぐらい顔を近づけて、ガンを飛ばし合っている。まさに一触即発。
ああ・・・俺は一体どうすれば良いんだ。 もはや あまりの恐怖で頭も働かない。

その時オッサンが強烈なカウンターパンチを放った。

オ「おい小僧、ワシが横入りした『証拠』はあんのか? どうやって俺が横入りしたって証明するんだ?コラ」
N「っ・・・。」思わずNが口をつぐんだ。

オ「どうしたガキ、お前 証拠もないのに ワシに難癖つけてきやがったんかい!?」

オッサンが水を得た魚のようにNを捲し立てる。
Nは言葉に詰まり、チラッと俺の方を見た。
この時 Nを止める事しか考えてなかった俺に、迷いが生じた。

果たして俺は本当にNを止めるべきなのか? 確かにオッサンは怖い。死ぬほど恐ろしい。
でもNは、何一つ間違った事は言ってない。 このオッサンが横入りしたんじゃないか。
そもそもNを焚き付けたのは俺だ。
それなのに俺は一体何をやってるんだ? まごまごして、俯いてるだけじゃないか。
俺が今本当にやるべき事なのは、Nを止める事じゃなく、Nの加勢をする事なんじゃないのか?
俺の身体の奥底から、メラメラと闘争心が沸き上がってきた。

・・・が、さすが根っからのヘタレな俺。

でも・・・下手すると マジで殺されかねないしな・・・。
ここでNを止めないと、パチンコごときで死ぬ羽目になるかも・・・。つーかオッサン怖すぎるし・・・。
と、頭の中で葛藤が始まった。
Nに加勢するべきか、Nを止めるべきか。
俺の奥底から湧き出た闘争心は、またゆらゆらと揺らぎ始めた。

迷い続けて3分ぐらいの時間が経過した。 
まるで永遠とも思えるような3分間だった。
その間もオッサンはNを押しまくっている。
さすがヤクザ、口喧嘩まで場数を踏んでいるらしい。
Nは悔しそうにオッサンを睨めつけている。表情にはもはや余裕がない。
今にもブチ切れて飛びかかってしまいそうな顔だ。
そうなると最悪だ。 せっかく並んだグランドオープンも当然出入り禁止にされるだろうし、
何よりNが、オッサンからどんな仕返しを受けるか分かったもんじゃない。

思うに、男には人生の内で、絶対に「退いてはならない時」がある。
それは、「誰かを守るべき時」だ。
家族。恋人。後輩。恩師。そして友達。
俺は今、絶対に退いてはならない時なんじゃないのか?
今ここで退いてしまうと、大学生活中ずっと、Nからヘタレ扱いされてしまうだろう。
いや、そうじゃない。 俺は一生、自分自身を恥じながら生きていく事になるだろう。
もし今 Nを救う事ができなければ、俺は一生 「友達を見捨てた人間」
として、負け犬の人生を歩まねばならないのだ。
それだけは絶対に・・・嫌だ!!

頭の中で結論が出た。もはや迷いはない。例え殺されても、絶対オッサンに噛みついてやる!
しかし頭の中で思うのと 実際に行動に移すのでは、やはり雲泥の差があった。
(言え! オッサンに文句を言うんだ!!)
頭の中で必死に繰り返しても、いざ何か言おうとすると、喉がカラカラに干からびて 全然声が出てこない。
身体がブルブル震えている。

機関銃のようにNを捲し立ててるオッサン対し、何て言って良いのか見当も付かない。
俺のようなヘタレが入り込む余地はどこにもない。
情けない事に、俺は直立不動で固まったまま、結局何もできずに黙っていた。

オ「おい小僧、どうやらワシが横入りした証拠が無いみたいやのう。
 お前どう落とし前つけてくれるんだ? 証拠出してみぃ、証拠!!」

オッサンがトドメの一撃を言い放った。
もはや逡巡している時間はない。 やるなら今しかない。
(言え! 俺が男になれる最後のチャンスだ! とにかく何でも良いからNの加勢をするんだぁぁーーーっ!!)

「おいオッサン!! 俺は あんたが横入りしたとこ見てたぜ!!!」
大きな声が入り口周辺に響き渡った。

・・・えっ? ・・・あれっ!? おかしいぞ?
俺、・・・まだ声出してないよな??

声のした方向を見ると、そこには20代半ばぐらいの兄ちゃんが立っていた。
俺等と同じく、朝から並んでいた人だった。
どういう事だ?? まるで状況が把握できない。
取り残された俺を後目に、その兄ちゃんは更に続けた。

兄「俺はそのオッサンが最初から居なかったのを知ってるし、横入りしたのも見たぜ。俺が証拠だ!!」

うぉぁあぁあっ!! 兄ちゃん格好良すぎ!
その兄ちゃんは、見ず知らずのNに加勢したのだ。
それに引き替え・・・俺は・・・俺は一体何をやってるんだ・・・(鬱)
その兄ちゃんの言葉が合図だったかのように、回りの人達も一斉にオッサンを非難し始めた。

「おいあんた、そんな若い子に絡むなんて みっともないぞ!」
「ワシ等は最初から ちゃんと並んでたんだぞ! あんたも ちゃんと並べ!」

横入りされたオバサンもNを援護した。
「私、確かにこの人に横入りされたわよ!」

オッサンの勝ち誇った顔が、見る見るうちに 苦々しい表情に変わる。
まさか これだけ大勢に責められるとは夢にも思わなかったのだろう。明らかに追いつめられている。

逆に さっきまでピンチだったNは、周囲から
「兄ちゃん、よく言ったぞ!」とか「兄ちゃん勇気あるな!」と賞賛され、英雄扱い。

そして乗り遅れた俺は、その光景を見ながら、ただただ そこに突っ立っているだけだった。
俺はバカだ。 本当にクズ野郎だ。
見ず知らずの人達でさえ Nを助けたというのに、親友の俺は 結局何もできなかった。
ただ黙って、オロオロしてるだけだった。
俺は負け犬だ。 俺は一生、親友を見捨てたヘタレとして、残りの人生を歩むんだ・・・。

俺は心底自分が情けなかった。 かつて味わったことのない自己嫌悪に陥った。
虚ろな目で、ふとヤクザのオッサンを見た瞬間だった。

「ふざけんなよ、このガキが!!」

オッサンはそう言い放つと、「ペッ!」と Nに向かってツバを吐いた。
オッサンのツバは 緩やかに放物線を描きながら、Nの顔に掛かった。
次の瞬間だった。

「お前こらぁあァぁあアッ!! 何さらしとんじゃコラぁァあアぁァ!!!」

オッサンに勢いよく飛びかかっていったのは Nではなく、なんと俺だった。
オッサンに飛びかかった俺は、そのままオッサンの首を思いっきり絞めた。
虚を突かれてオッサンが藻掻く。

「うごっ・・・お前コラ、放さんかい! ぐぅぅっ・・・!」

オッサンの言葉を無視して、俺は全身全霊の力を込めて首を絞め上げる。
2,3発蹴りを入れられたが、不思議と全く痛くなかった。

「おい、止めとけ!」Nが俺を引き離そうとしたが、
俺は「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」と叫びながら、更にオッサンの首を絞め続けた。

俺は完全に頭に血が上っていた。
オッサンがNにツバを吐いた時、まるで俺の頭の中で 漫画のように、「ブチッ」と音が聞こえたような気がした。

オッサンの首を絞めてる最中、頭の中は真っ白だったが、それでも頭の片隅で
(ああ、これがキレるという感覚なんだな)と理解していた。
それから数十秒後、Nや周りの人達によって、俺はオッサンから引き離された。

「落ち着け、落ち着け・・・」Nが何度も俺に声をかけた。

その後すぐ、店員3人が騒ぎを聞きつけ、店の前に飛び出してきた。
店員「お客さん、どうしたんですか!?」

店員の前に並ばされる俺とオッサン。
その頃になって、ようやく俺は落ち着きを取り戻し始めた。
そして冷静になると、急に自分のしでかした事が恐ろしくなった。
ふと目線をオッサンに向けると、鬼のような形相で俺を睨めつけている。

「おいガキ、ワシにこんな事して、ただで済むと思うなよ・・・!」

ドスの利いた低い声で、容赦なく俺を威嚇してくる。
一方 素になった俺は、いつものヘタレに戻っていた。
怖い。 怖すぎる。 一体俺は、何て大それた事をしてしまったんだ。
全身の毛穴という毛穴から、変な汗が噴き出してくる。
怖くてオッサンの顔がまともに見れない。足もガクガク震えて、立っているのがやっとという状態。

そんな中、周りの人達が口々に、店員に経緯を説明し始めた。
オッサンが開店直前に横入りしたこと。 Nがそれを注意したこと。
注意されたオッサンは逆上して、Nにツバを吐きかけたこと。
それを見た俺がキレて、オッサンに飛びかかったこと。

驚くべきことに、説明していた人の誰もが、
俺がオッサンの「首を絞めた」という表現を使わずに、あくまで「飛びかかった」という表現をした。
そればかりか、みんな Nと俺を「悪くない」と証言してくれた。
という訳で、俺は下手したら出禁喰らって9時間並んだのが無駄になるトコだったのが、奇跡的に、なんと お咎めなしの無罪放免となった。

逆にオッサンは、問答無用の出入り禁止処分となった。
店がオープンする前に出入り禁止にされるなんて、ある意味このオッサンは とんでもない強者だ。

出入り禁止になったオッサンは去り際に Nと俺を睨めつけながら、

「おいガキ共、お前等絶対に許さんからな。 覚えとけよ・・・!」と忌々しそうに吐き捨てた。
Nはニヤニヤしていたが、俺は震え上がって 小便漏らしそうになった。

それからすぐ、パチ屋はオープンになった。
どうやらオッサンと争っている間に、3時になったらしい。
あれほど待ちに待ったオープンのはずなのに、俺のテンションは底辺だ。

「おい蟲、やっとオープンだな。 二人でフィーバーしまくろうぜ!」
嬉しそうにNが声をかけてくるが、全然わくわくしなかった。
結局Nと2台並んで狙い台のモンスターハウスをゲット。
威勢の良い店員のマイクパフォーマンスを聞きながら、俺達は打ち始めた。

結論から言うと、Nと俺はボロ負けした。
なんとあれだけ期待したグランドオープンにも関わらず、二人合わせて12万負けという、過去最低の記録を打ち立てた。当時大学生だった俺達には、あまりにキツい、痛恨の負けだった。

Nは「なんだこのボッタ店は! 新装オープンでこれかよ!」
と毒づいていたが、俺は心底どうでも良かった。
正直言って俺は、さっさと全財産スッて、1秒でも早く 店を出たかった。
パチンコ打ってた最中も、隣のNが色々と喋り掛けてきたが、俺はまるで上の空だった。
オッサンが去り際に吐いた台詞・・・
「おいガキ共、お前等絶対に許さんからな。 覚えとけよ・・・!」
あの言葉が、俺の脳裏に焼き付き、何度も何度もリフレインしていたからだ。

もしかしたら次の瞬間、背後からブスッと刺されても不思議じゃない。
そんな針のむしろ状態で、パチンコを楽しめる筈がない。
結局ケツの毛までむしり取られた俺達は項垂れたまま、店員のうるさいマイクパフォーマンスを背に受けながら、店から出た。
俺は駐車場にオッサンが子分を連れて待ちかまえてるんじゃないかと内心ガクブルだったが、幸い何事もなく帰る事ができた。

こうして二人の「グランドオープン初体験」は、散々な結果に終わった。
その後の大学生活において、俺とNがその店を訪れることも、新装オープンに並ぶことも 二度と無かった。

帰りの車の中、それまで店の悪口をギャーギャー喚いていたNが、急にしんみりした口調で語り始めた。

N「俺さぁ、お前と連んでけっこう経つけど、お前がキレたとこ、今日初めて見たよ。」
俺「い、いやぁ?、お恥ずかしい。」

N「俺さぁ、正直今までずっとお前のこと、ヘタレだと思ってたんだ。
俺とオッサンが揉めてる最中でさえ、きっとお前は何もしないんだろうとな。」
俺「いやぁ?・・・面目ない。」

N「でもさ・・・普段あれだけ温厚なお前が、俺のためにキレてくれたんだよな。なんつーか、感動したよ。」
俺「止めてくれ、恥ずかしいっ!」

N「いや・・・俺たぶん今日のこと、一生忘れねぇと思うよ。」
俺「オーバーなヤツだな?。お前のことだから、きっと明日には忘れてると思うけどな・・・。」

その夜、俺達は何故かボロ負けしたにも関わらず、焼き肉屋で祝杯を挙げた。
何を祝ったのかもよく分からない。
それでも何故か、あの夜のことが 6年経った今もなお、色あせることなく、やけにリアルに思い出される。


あれから6年が経った。6年という歳月は、俺から若さや情熱を奪い去っていった。
あれ程ハマッていたスロットも、最近じゃ月に4,5回程度、仕事帰りに打つぐらいになった。
あんなに何かに夢中になれた自分が、遠い過去のようだ。

そんな平凡なリーマン生活を送っていた つい3ヵ月前、俺は友達の結婚式に出るため、
久々に名古屋へ行く事になった。年休を多めに使って、観光がてら、3泊4日の小旅行にした。
もちろん宿泊場所はNの家だ。

久々に会ったNは、若干老けてはいたものの、昔のDQN時代が嘘だったかのように、ビシッとキマっていた。
俺達は大学時代を懐かしみながら、Nの部屋で昔みたいに朝まで語り合った。
洪水の話の最後にも書いたけど、あれほどバカだったNも、今は大手企業でバリバリ働いている。
見かけは随分立派になったNだけど、それでも中身は昔のままだった。何故かそれが無性に嬉しかった。

Nとの会話の途中で、ふとした事から 俺はあの日の修羅場の事を切り出した。

俺「おい、N、そういえば○○のグランドオープンの時は、お互い大変だったよな?。」
N「え、・・・何だっけ?それ。」

俺「え、・・・いや、ほら、あの時だよ。お前が横入りしたオッサンに文句言って、俺なんて首まで絞めたりして・・・。」
N「す、すまん・・・全く覚えてねぇ・・・。」

あぁ???いたたたた! ほんとに忘れちゃったのかよ!!
どうやら あの日の出来事は、俺にとっては「パチ屋で体験した修羅場」でも
Nにとっては「バチ屋で起きたどうでもいい話」だったらしい orz

でも、まぁ、こんな単純なヤツだからこそ、毎日飽きもせず、大学の4年間を一緒に過ごしてこれたんだろうけどね。

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