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義母さんの笑顔が見たいから…【体験談】

「晴(ハル)ちゃん!ハンカチ持った!?」

「持ったぁ」

「ティッシュは!?」

「おっけ」

「お弁当は!?」

「もー…持ったって」


毎朝毎朝。朝から疲れる。


つかさ。
アタシ、もう高校2年生だよ?17歳だよ?


いちいち持ち物チェックなんかしないでよ…。


靴の紐結んでる間も、後ろでソワソワしてるし。


アタシの事心配してるのは嬉しいけど、さすがに過保護だって。


ねぇ、義母さん。




「き、気をつけてね!
ちゃんと信号は青になってから渡るんだよ!」

「…馬鹿にしてる?」

「してないよぉ!私はただ、晴ちゃんが心配で心配で…うぅ~…」


な、泣かないでよ朝っぱらから!!!


あぁもぉ…世話の焼ける!
一応アタシの母親でしょっ!


仕方ないな…。
じゃ、いつもの挨拶を…。


「…行ってくるね、桜」


ちゅっ。

頬っぺたにキスして、ニッコリ笑う。

顔を真っ赤にしてる義母さんの頭を撫でて、アタシは急いで家を飛び出した。


これが、毎朝の日課。

父さんが死んだ日から、アタシが義母さんの心の傷を癒す毎日。


うちの家はいろいろ事情があって、アタシと義母さんの二人暮らし。

つっても義母さんは、アタシと10歳しか年が変わらない。

勿論義母さんは、父の再婚相手なわけで、アタシを産んでくれた母さんは、アタシが小さい頃病気で亡くなった。


それから父は、アタシを男手一つで育ててくれた。


んでも5年前、父が新しい母親を連れてきた。

当時12歳だったアタシは、すごく喜んでた気がする。

ようやく、アタシにも母親が出来たから。



…でもさ。
少し冷静になれば、すぐ分かったんだよな。


アタシとアタシの母さんは、10歳しか年が変わってないって。


義母さんは今、27歳。
アタシが17歳。

うわぁ、母親にしては若すぎだよ。
つか有り得ねぇ!


だからアタシ達は、血は繋がっていない。


でも、それでも義母さんは、アタシを本当の子供のように育ててくれた。


「…後はあの天然さえなければ、最高の母親なんだけどなぁ…」


思わず、大きなため息を溢してしまった。


「おっはよ、晴!なぁに朝っぱらからため息なんてついてんのぉ!」

「…出たな、ハイテンション女」


ドンッ、と後ろから思い切り叩かれ、吐きそうになった…。

何でこいつは、朝からこんなに元気なんだ…。


「おはよう、涼音(スズネ)」

ハイテンション女、もといアタシの幼なじみは、子供のように笑っている。

涼音はアタシの隣に住んでる奴で、唯一アタシの家の事情も全て知っている。


まぁ、幼なじみで親友だ。

「どしたぁ?晴がいつも朝から疲れてるのは知ってるけど」

「義母さんがウザイ…」

「また心にもない事を」

「だって過保護すぎるんだよ!?
毎朝毎朝持ち物チェック…アタシはオコチャマかい!!」


つい一人でツッコミを入れてしまった。

ヤバい。
アタシも涼音のハイテンションに汚染されてるかも。


「でも桜さん、いい人じゃん。
私もあーゆーお母さん欲しいよ」

「1週間一緒に暮らせば、どれだけ過保護な母親かすぐ分かる」

そりゃもう、嫌なくらい。


「でも…晴ん家のおじさん亡くなってもう3年経つし、そろそろ桜さんも吹っ切れてもいいのにね」

「…うん」


事故で亡くなった父さんは、未だに義母さんの胸の中に残っている。


義母さんの時間は、止まったまま。


だからアタシが、父さんの分まで頑張っている。


それが今までアタシを大切に育ててくれた父さんへの、精一杯の恩返しだと思っているから。

義母さんを幸せにする事が、アタシの出来る恩返しだ。


「んでも晴、最近やつれたよ。休んでる?」

「休んでる時間なんて無いよ」

「駄目だよ、少しは休まないと…」


心配そうに顔を覗かれたけど、アタシは精一杯笑ってみせた。

きっとこれが、精一杯だった。

多分アタシは、涼音の言う通り少しやつれたと思う。

最近、あんま寝てないんだよねぇ…。


バイトが忙しいし、勉強も頑張らないと。


いい大学入って、いい仕事就いて、義母さんを楽させてあげたい。

だから、アタシが頑張らないといけないんだ。


義母さんは何故か、右腕だけが麻痺してうまく動かない原因不明の病気。

そんな義母さんが仕事なんて出来るわけないし、家事だってやらせるわけにはいかない。


家の家事は全て、アタシの仕事だ。


「晴、桜さんに心配だけはかけちゃ駄目だよ」

「その点は抜かりない」

「何かあったらさ、私もお手伝いするから」


改めて思う。
アタシはいい親友を持ったなぁ。


昔から涼音には、迷惑かけっぱなしだ。
何度も助けてくれるし。


…良し!
涼音に元気貰ったし、今日も1日頑張るぞっ!!

アタシは自分に渇を入れるよう、ほっぺを両手で叩いた。

「た、ただいまぁ~…」



はぁ…。
元気貰っても、バイトの後だとしおれてるよ…。

頑張れアタシ…。


「おかえり、晴ちゃん!」

バタバタと走ってくる足音は、義母さんだ。

いつも、アタシが帰ってくると玄関まで来てくれる。


「ただいま義母さん…。ご飯食べた…?」

「ま、まだ。一緒に食べようと思って…」

「え!?何でよ。食べててって言ったじゃん」


せっかくバイト前に家帰って、ご飯作っといたのに。
アタシはいつも遅くなるから、さき食べてて良かったのにな…。


「次はちゃんと食べててね。分かった?」

「う、うん…」

「分かればよろしい」


うー…足が重い…。
自室まで行くにも、体力が持ちそうにない。


階段が地獄のように思えるし…。


「…ねぇ、晴ちゃん」

「んー…?なぁに?」

「あのね…アルバイト、いくつやってるの…?」


聞かれて、ドキッとした。
冷静に、冷静に…


「ふ、2つだよ」

「嘘だよね。だって近所の人達が、いろんな所で働いてる晴ちゃん見るって」


う…。
そりゃそうですよ。
2つなんて真っ赤な嘘で、本当は4つやってるから。


そのおかげでアタシは、1週間休み無し。

でもそんな事、義母さんに言えるわけなくて。

休みの日は、遊びに行くって理由つけてバイトに行ってる。


仕方ない。

義母さんに働かせるわけにはいかないし、高校生じゃそれなりの給料しか貰えない。

掛け持ちするしか無い。

「ねぇ晴ちゃん…。もう無理しなくていいから…」

「無理してないよ」

「だって晴ちゃん、私のせいで自由が無い!毎日ヘトヘトになるまで働いて、家事して、勉強して…。こんな苦労、晴ちゃんにかけたくないよ…!」


はぁ…。
泣かないでよ…。今泣かれても、あやす元気も無いんだから…。


つか、誰の為にやってると思ってんのかな。


「アタシは、父さんの代わりでいいんだよ」

「え…?」

「義母さんがいつまでも泣いてたら、きっと天国の父さんも悲しむから。アタシは、父さんの代わりでいいんだ」

頑張って、義母さんを笑顔にしたい。

昔のように、笑ってほしい。アタシの好きな笑顔で。

だから、父さんの真似事もしてみた。

学校行く前、父さんみたいに頬っぺたにキスしたり。

一緒に笑ったり、楽しんだり。


でも、それでも笑顔にならないんじゃ…アタシがもっと、頑張るしかない。

努力が足りないだけ。


「無理なんかしてないよ。義母さんは心配しないで」

「晴ちゃん…」


これ以上、義母さんの泣き顔なんて見たくない。

重い足を持ち上げて、走って部屋に向かった。


部屋に入った時、熱い物が頬を伝ったのがすぐ分かって…。


何でアタシ、泣いてるだろう…。

そっか。
辛いんだ。毎日がじゃない。


義母さんに、父さんの代わりしかしてあげられない事が。


アタシじゃ、義母さんの本当の支えになってあげられないんだ…。

代わりしか、出来ない…。

そう思うと、勝手に涙が溢れた。


「晴ちゃん…」

「!」


まだ涙でボロボロの泣き顔なのに、いきなり義母さんが部屋のドアを開けてきた。


運良くベッドに顔を押し付けていたから、涙は見られてない…はず。


「晴ちゃん…泣いてるの…?」


見えないはずなのに、何故か義母さんにはバレていた。


ギシッ…と軽くベッドが軋む音。

義母さんが、アタシの隣に寝ていた。


「いっぱい苦労かけて、ごめんね…。
私が駄目な母親だから…」

「…違うよ…。義母さんは…駄目な母親じゃない…。アタシが、もっとしっかりしてれば…」


上手く喋れない。
人前で泣くなんて…父さんが亡くなった時以来だ。


でも義母さんは、アタシをしっかり抱きしめていてくれて。

右腕…上がらないはずなのに、弱々しくだけどアタシを両腕で抱きしめている。
温かい。

また涙が出そうになる。

「私ね、本当の娘が出来たみたいで嬉しかった」

「え…?」

「晴ちゃんが居てくれるだけで、何度も…何度も救われたんだよ。
右腕が不自由な事なんて忘れるくらい、幸せだよ。今でもね」


義母さんの優しい声が、直接耳に響く。

強く抱きしめられて、少し恥ずかしかった。


「どうして今まで、気付けなかったんだろう…。
晴ちゃんは、あの人の代わりなんかじゃない。私の、かけがえのない大切な人だって…」

「義母…さん」


顔を上げると、照れたような…はにかんだ笑みを見せる義母さんがいた。


こういう所、まだまだ子供っぽい。


「幸せだよ。あの人が居なくても、晴ちゃんが居れば、すごく幸せ」

「……ホントに……?」

「うんっ。だから、もう私の事で苦労しないで。
私は、晴ちゃんが居てくれれば、もうそれで十分すぎるくらい幸せなの」


義母さんの優しい声に、また涙が出そうになる。


でも、もう泣いちゃ駄目だ。
これ以上は、義母さんに心配かけたくない。


「私も、内職から始めようかな」

「…は!?いいよ、義母さんは仕事なんかしなくてっ!」

「ううん、やりたいの。晴ちゃんと、一緒に幸せになりたいから」


…なっ……何で義母さんは、こんな恥ずかしいセリフをサラッと…!!

義母さんの笑顔は、まるで子供だ。

無邪気で愛らしくて…


くそぅ。
父さんには勿体ない相手だ。


「…新しい恋、始めようかな…」

「え!?義母さんが!?」

「うん。いつまでもウジウジしてたら、あの人にも心配かけちゃうし」


…なにー…。
それは、アタシの新しい父親って事か…!?


こんな可愛い義母さんを取るなんて、絶対許さん!!


「ね、晴ちゃん」

「……え?」

「大好き」

「……え!?」


…相変わらず義母さんはぷにぷにした柔らかい笑顔で、私に抱きつく。


大好き、…って、どんな意味だろう…。
少しだけ、期待したいな。


「…義母さん…」

「ん?」

「あのさ…アタシも…大好きだよ…」

「じゃあ、結婚しよっか」

「…は!?」


時々義母さんは、意味不明な事を言い出す。


「えへへっ。新しい恋、始まっちゃった」

「……えぇぇっ!?」


…やっぱり、義母さんは何を言い出すのか分からない…。

本気にして…いいのかな。


父さん。
義母さんは、アタシが貰っても…いい?

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