人生敗北者の俺が初めてのラッキースケベ体験 1
俺は26歳のブサメンでブラック会社勤務の安月給リーマン
その上、童貞である!
つまり人生の敗北者なのだ。
それで女性:23歳、可愛くもなくブサイクでもない普通の子。
(年齢は色々あった後に知った)
俺はその日、仕事でヘトヘトに疲れて帰る途中だった。
仕事先で火災が起こった事を想定した防災訓練をした帰り道だった。
そこそこ大きな建物の訓練だったので消防署から指導者も来ていて、なぜか「火元責任者」にさせられていた俺は現役の消防士に怒られ、指摘され、みっちり絞られた日の帰りだった。
足にジンジンした独特な疲労を感じながらホームで電車を待った。
何で素人の俺がボロクソに怒られにゃならんのだ!だの素人相手に説教を垂れる消防士の文句をブツクサと頭の中で呟きながら何度も溜息をついた。
俺が電車に乗る駅は帰宅ラッシュ時にかなり込み合う。
その日は夜21時頃で、ラッシュは過ぎていたがホームはそれなりに混雑していた。
普段は夜遅くまで仕事をしているので夜21時に帰途につけるというのは久しぶりだった。
ただ、訓練後に発生したクレーム処理や本来の仕事をこなして疲労困憊。
身体と精神はかなり疲れていたのだが、大変だった1日を乗り越えたという達成感と、早めの帰途につけた開放感で、若干ほわほわした状態だった。
程なくしてホームに電車が入ってきた。
最前列にいた俺は電車に乗り込んですぐに空席を探した。
空席を見つけ、一目散にそこへ向かう。
新幹線のように進行方向に向かって2人掛けの座席があるタイプの車両だった。
人数があまり収容出来ないタイプなので、東京のような大都会ではあまり見かけないが、俺の地域ではこちらの座席タイプの方が多い。
理由はわからん…。
俺が窓際の席に座ると、後から入ってきた人もそそくさと座席に座り始める。
そして、後からやってきた1人の女性が俺の隣の席に座った。
………。
俺は女性を避けるように窓際に寄った。
自分より少し年下だろうか。
随分と小柄な女性だった。
ただ、思いっきり具合が悪そうで、髪はグシャグシャに乱れていた。
そして、何より気になったのがしばらくして漂ってきた強烈な酒臭さである。
夜21時の時点で既にかなりの酒を飲んでいたらしい女性は、口に手を当てて前屈みになり、ハァハァ息をしていてかなり苦しそうだった。
……。
まぁ、所詮他人である。
むしろあまり構わない方が相手の為だと思い、横目でチラリと女性の状態を確認した後はガン無視を決め込んだ。
スマホを取り出し、適当にネットを眺めていた。
そして電車が動き出して10分が経った頃、事態は起こった。
横でうずくまる女性が小さくえずき出したのだ。
2人掛けタイプなので、周りの乗客は気付いていないが隣に居た俺は気付いた。
吐く。
この人、絶対に吐く。
あとどれくらい保ってくれるかわからなかったが、そう保たないだろうと思った。
今の状況が、もし出勤時の出来事であれば俺はこの場から逃げていた。
ただでさえ憂鬱な仕事前に、隣でゲロなんて吐かれたら堪ったものではない。
だが、俺は帰宅時における気の余裕と、偶然持ち合わせた良心がちょうど良い具合に混ざり、慌てず女性を介抱するべく行動に移った。
まず、俺のバッグに入っていた歯ブラシや手鏡や香水やらが入ったポーチを取り出し、中身は全てバッグの中にぶちまけ、ポーチを開いて女性の口元へ持っていった。
ビニール袋でもあればその方がよかったのだが、あいにく持ち合わせがなかったので、ポーチでエチケット袋の代用をした。
布製のポーチなのであまり役に立たないかもしれないが、床にぶちまけるよりマシである。
女性の方も、近づけられたポーチの意味を察したらしく、払い除ける様な事はしなかった。
と言うより拒否する余裕もなかったらしい。
次に、窓側に座っていた俺の方に女性を移動させようとした。
酒が入っているので羞恥心があるかどうかはわからなかったが、普通の人間ならば電車の中で嘔吐物と異臭を撒き散らして周囲の注目を浴びるなんて完全にトラウマものである。
窓際ならば周囲の視線も若干ではあるが遮れるだろうと思っての行動だったのだが…女性の限界は目前だったらしい。
今にも吐きそうだった。
もう間に合わない…。
俺は右手のポーチを半ば強引に女性の口に押し付け、女性の肩に左手を回して引き寄せた。
女性は俺の両膝の間に顔を突っ込む体勢。
男女による「アレ」に見えなくもない卑猥な体勢である。
少しでも周囲の目から遠ざける為に咄嗟に取った行動だったので不可抗力だ…。
…うん。
すると、その体勢になったまさにその時、女性が小さな声で
「グエ…ッ!ゥエエゴブ……」
息を殺して吐き始めた。
一応周りに人がいるという意識はあったらしく、声を出さないように努めているみたいだった。
が、一度吐き始めたらなら無理に止めたりせずに全部吐いてしまった方がいい。
俺は空いていた左手で女性の背中を摩った。
吐いている人の背中を摩るなんてした事なかったので、何となく新鮮な感じだった。
女性の嗚咽が周りに漏れ、近い場所にいた乗客がこちらに冷ややかな視線を送り始め、一部は離れ(逃げ)始めた。
俺は目が合った乗客に申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
状況的に女性と俺が知り合いのフリをした方が自然だと思ったので、女性を心配する素振りで耳元へ近寄って
俺「大丈夫、大丈夫」
と何が大丈夫なのか自分でもよく分からない慰め言葉を呟きつつ背中を摩ってあげた。
右手のポーチは水分の許容量を超えたらしく、滴っていた。
汚臭は思ったほど酷くなかったが、さすがに無臭とはいかず、独特な臭いが周りに漂い始めていた。
俺は摩っていた左手を止め、自分のバッグの中に放った香水を取り出し、辺りに無雑作に振り撒いた。
持ち歩いていた香水が柑橘系のフレッシュなタイプだったので、消臭の役割も十分果たしてくれたと思う。
バッグに香水を戻し、再び女性の背中を摩り始めた時に、俺の右手首がピチャピチャと濡れた。
どうやら女性が泣いているらしかった。
そういえば吐く時って涙出るよなぁと感傷に浸っていた。
手首にポタポタ落ちてくる涙が何とも切なかった。
俺が降りるはずの駅はもう間もなく着く頃だが、この女性を放って降りる気にはなれなかったので、やむを得ず乗り続けるのを覚悟した。
それより、この状況で見て見ぬフリをする周りの人々にさすがにやや苛立ち始めていた。
でも無理もない。
俺だって逆の立場であれば見て見ぬフリをしていただろうし…。
はぁ…。
さて、これからどうしようかと途方に暮れそうになっていた時、
乗客「大丈夫?」
と、俺が降りるはずだった駅から乗り込んできた40代かそこらの男性が声をかけてきてくれた。
俺「あ、はい。
すみません…」
乗客「その子具合悪いの?車掌さん呼ぼうか?」
おぉ、なるほど。
そんな手があったか。
俺「すみません。
お願いできますか?」
乗客「えぇ、呼んで来ますんで待ってて下さい」
心優しい乗客のおいちゃん、ありがとう。
おいちゃんは言うとすぐに後方へ向かって行った。
おいちゃんが車掌さんを連れてくるまでの間、俺は女性の背中を摩っていた。
女性も既に吐き尽くしたのか、嗚咽も治まって呼吸も整っていた。
しかし、恐らくは恥ずかしくて顔を上げられないのだろう。
ずっとうつ伏せのまま俺の右膝におでこを乗せて固まっていた。
しばらく女性を観察して、大丈夫そうだと確認した後、俺がポーチの口をそっと閉めた時に車掌さんが現れた。
車掌「大丈夫ですか?お客様」
俺「えぇ、大丈夫です」
車掌「コレ使って下さい」
厚めのビニール袋を俺に差し出してくれた。
既にマスクを着用した車掌さんは、これまた持ってきていた毛布のようなタオルケットを女性に被せ、そしてこれまた持ってきていた消臭剤やら消毒剤やらを辺りに振り撒いていく。
(……慣れてるな…)
きっと車内で吐く人ってそれなりにいるんだろうなと思った。
車掌さんは俺に対して
「次の停車駅で駅員を呼んで待機させているので、一旦降りましょう」
と促し、電車の後方に戻っていった。
どうやらここへ来る前に次の停車駅へ連絡しておいてくれたらしい。
完璧過ぎるぞこの人……。
社会人として凄く劣等感を抱いた………。
程なくすると次の駅に近づいてきた為、俺はタオルケットを女性の頭の上に改めて被せ直した。
顔さえ見られなければ起き上がっても恥ずかしさは随分軽減出来る筈である。
タオルケットの上から女性に話しかけた。
俺「次、降りますよ」
女性から返事はなかったが、少し頷くような仕草をした。
電車がホームに入り速度が緩やかになったのに合わせて女性の身体をゆっくり持ち上げ、立ち上がらせる。
バッグを取ろうとする女性を制し、扉の方へ促した。
俺は汚れていない手で女性のバッグと自分の荷物を全て持って扉へ向かった。
改めて気付くと、俺が居た車両にはほとんど人が居なかった。
そりゃゲロった車両に居たくないだろうし当然か。
しかし、よく見ると両側の車両からこちらをじろじろ見る人影が……。
あぁ憎い…視線が痛い…憎い痛い……こっち見んなクソッタレ。
扉が開きホームへ出ると、連絡を受けていたのであろう女の駅員さんが立っていた。
ほとんど吐き尽くして酔いも冷めたのか、女性の足取りはそんなに乱れていなかった。
女性は駅員さんに具合を聞かれた。
が、まだ喋る余裕はなかったらしい。
俺「えっと・・・」
俺は女性の代わりに駅員さんに状況を説明した。
せっかく早く帰れたのにタイムロスだなぁ…と心無い事を思いながら手短に説明を終えた俺は
「これ、バッグ」
ずっと持ったままだった女性のバッグをそっと返した。
俺「すみません。
自分はこれで失礼します」
と言い、そそくさとその場を後にした。
駅員「どうもご協力ありがとうございました」
と駅員さんにお礼を言われて軽く会釈し、女性にも視線を送ると、女性も駅員に合わせて小さく頭を下げていた。
女性にも会釈を返し、反対側のホームへ向かった。
途中、男子トイレに入り、手洗いとうがいを済ませた。
どうやら女性は駅の控え室のようなところへ誘導されて行ったらしい。
…やれやれ災難だった。
ちなみにポーチは車掌さんにもらったビニール袋にぶち込んで処分してもらった。
あの小物入れの代用品をまた探さないと…。
やってきた逆方面の電車に乗り込んだ俺はスマホを使い、通販サイトで物色を始めた。
それからしばらく経ったある日の事。
俺は相変わらず残業の毎日を送っていて、その日も会社を出たのは夜の23時過ぎだった。
終電の1つ前の電車に乗るのがもはや日課になりつつある。
人がポツポツとしか居ない駅のホームで電車を待つ。
…すると、ふと横から視線を感じた。
視界ギリギリのところで人の顔がチラチラ見切れる。
第六感とかではなく、完全に俺を2度見、3度見していた。
俺はチラ見する人に視線を移した。
視線を送っていたのは女性…。
あっ…。
<続く>
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そこそこ大きな建物の訓練だったので消防署から指導者も来ていて、なぜか「火元責任者」にさせられていた俺は現役の消防士に怒られ、指摘され、みっちり絞られた日の帰りだった。
足にジンジンした独特な疲労を感じながらホームで電車を待った。
何で素人の俺がボロクソに怒られにゃならんのだ!だの素人相手に説教を垂れる消防士の文句をブツクサと頭の中で呟きながら何度も溜息をついた。
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その日は夜21時頃で、ラッシュは過ぎていたがホームはそれなりに混雑していた。
普段は夜遅くまで仕事をしているので夜21時に帰途につけるというのは久しぶりだった。
ただ、訓練後に発生したクレーム処理や本来の仕事をこなして疲労困憊。
身体と精神はかなり疲れていたのだが、大変だった1日を乗り越えたという達成感と、早めの帰途につけた開放感で、若干ほわほわした状態だった。
程なくしてホームに電車が入ってきた。
最前列にいた俺は電車に乗り込んですぐに空席を探した。
空席を見つけ、一目散にそこへ向かう。
新幹線のように進行方向に向かって2人掛けの座席があるタイプの車両だった。
人数があまり収容出来ないタイプなので、東京のような大都会ではあまり見かけないが、俺の地域ではこちらの座席タイプの方が多い。
理由はわからん…。
俺が窓際の席に座ると、後から入ってきた人もそそくさと座席に座り始める。
そして、後からやってきた1人の女性が俺の隣の席に座った。
………。
俺は女性を避けるように窓際に寄った。
自分より少し年下だろうか。
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ただ、思いっきり具合が悪そうで、髪はグシャグシャに乱れていた。
そして、何より気になったのがしばらくして漂ってきた強烈な酒臭さである。
夜21時の時点で既にかなりの酒を飲んでいたらしい女性は、口に手を当てて前屈みになり、ハァハァ息をしていてかなり苦しそうだった。
……。
まぁ、所詮他人である。
むしろあまり構わない方が相手の為だと思い、横目でチラリと女性の状態を確認した後はガン無視を決め込んだ。
スマホを取り出し、適当にネットを眺めていた。
そして電車が動き出して10分が経った頃、事態は起こった。
横でうずくまる女性が小さくえずき出したのだ。
2人掛けタイプなので、周りの乗客は気付いていないが隣に居た俺は気付いた。
吐く。
この人、絶対に吐く。
あとどれくらい保ってくれるかわからなかったが、そう保たないだろうと思った。
今の状況が、もし出勤時の出来事であれば俺はこの場から逃げていた。
ただでさえ憂鬱な仕事前に、隣でゲロなんて吐かれたら堪ったものではない。
だが、俺は帰宅時における気の余裕と、偶然持ち合わせた良心がちょうど良い具合に混ざり、慌てず女性を介抱するべく行動に移った。
まず、俺のバッグに入っていた歯ブラシや手鏡や香水やらが入ったポーチを取り出し、中身は全てバッグの中にぶちまけ、ポーチを開いて女性の口元へ持っていった。
ビニール袋でもあればその方がよかったのだが、あいにく持ち合わせがなかったので、ポーチでエチケット袋の代用をした。
布製のポーチなのであまり役に立たないかもしれないが、床にぶちまけるよりマシである。
女性の方も、近づけられたポーチの意味を察したらしく、払い除ける様な事はしなかった。
と言うより拒否する余裕もなかったらしい。
次に、窓側に座っていた俺の方に女性を移動させようとした。
酒が入っているので羞恥心があるかどうかはわからなかったが、普通の人間ならば電車の中で嘔吐物と異臭を撒き散らして周囲の注目を浴びるなんて完全にトラウマものである。
窓際ならば周囲の視線も若干ではあるが遮れるだろうと思っての行動だったのだが…女性の限界は目前だったらしい。
今にも吐きそうだった。
もう間に合わない…。
俺は右手のポーチを半ば強引に女性の口に押し付け、女性の肩に左手を回して引き寄せた。
女性は俺の両膝の間に顔を突っ込む体勢。
男女による「アレ」に見えなくもない卑猥な体勢である。
少しでも周囲の目から遠ざける為に咄嗟に取った行動だったので不可抗力だ…。
…うん。
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俺は空いていた左手で女性の背中を摩った。
吐いている人の背中を摩るなんてした事なかったので、何となく新鮮な感じだった。
女性の嗚咽が周りに漏れ、近い場所にいた乗客がこちらに冷ややかな視線を送り始め、一部は離れ(逃げ)始めた。
俺は目が合った乗客に申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
状況的に女性と俺が知り合いのフリをした方が自然だと思ったので、女性を心配する素振りで耳元へ近寄って
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と何が大丈夫なのか自分でもよく分からない慰め言葉を呟きつつ背中を摩ってあげた。
右手のポーチは水分の許容量を超えたらしく、滴っていた。
汚臭は思ったほど酷くなかったが、さすがに無臭とはいかず、独特な臭いが周りに漂い始めていた。
俺は摩っていた左手を止め、自分のバッグの中に放った香水を取り出し、辺りに無雑作に振り撒いた。
持ち歩いていた香水が柑橘系のフレッシュなタイプだったので、消臭の役割も十分果たしてくれたと思う。
バッグに香水を戻し、再び女性の背中を摩り始めた時に、俺の右手首がピチャピチャと濡れた。
どうやら女性が泣いているらしかった。
そういえば吐く時って涙出るよなぁと感傷に浸っていた。
手首にポタポタ落ちてくる涙が何とも切なかった。
俺が降りるはずの駅はもう間もなく着く頃だが、この女性を放って降りる気にはなれなかったので、やむを得ず乗り続けるのを覚悟した。
それより、この状況で見て見ぬフリをする周りの人々にさすがにやや苛立ち始めていた。
でも無理もない。
俺だって逆の立場であれば見て見ぬフリをしていただろうし…。
はぁ…。
さて、これからどうしようかと途方に暮れそうになっていた時、
乗客「大丈夫?」
と、俺が降りるはずだった駅から乗り込んできた40代かそこらの男性が声をかけてきてくれた。
俺「あ、はい。
すみません…」
乗客「その子具合悪いの?車掌さん呼ぼうか?」
おぉ、なるほど。
そんな手があったか。
俺「すみません。
お願いできますか?」
乗客「えぇ、呼んで来ますんで待ってて下さい」
心優しい乗客のおいちゃん、ありがとう。
おいちゃんは言うとすぐに後方へ向かって行った。
おいちゃんが車掌さんを連れてくるまでの間、俺は女性の背中を摩っていた。
女性も既に吐き尽くしたのか、嗚咽も治まって呼吸も整っていた。
しかし、恐らくは恥ずかしくて顔を上げられないのだろう。
ずっとうつ伏せのまま俺の右膝におでこを乗せて固まっていた。
しばらく女性を観察して、大丈夫そうだと確認した後、俺がポーチの口をそっと閉めた時に車掌さんが現れた。
車掌「大丈夫ですか?お客様」
俺「えぇ、大丈夫です」
車掌「コレ使って下さい」
厚めのビニール袋を俺に差し出してくれた。
既にマスクを着用した車掌さんは、これまた持ってきていた毛布のようなタオルケットを女性に被せ、そしてこれまた持ってきていた消臭剤やら消毒剤やらを辺りに振り撒いていく。
(……慣れてるな…)
きっと車内で吐く人ってそれなりにいるんだろうなと思った。
車掌さんは俺に対して
「次の停車駅で駅員を呼んで待機させているので、一旦降りましょう」
と促し、電車の後方に戻っていった。
どうやらここへ来る前に次の停車駅へ連絡しておいてくれたらしい。
完璧過ぎるぞこの人……。
社会人として凄く劣等感を抱いた………。
程なくすると次の駅に近づいてきた為、俺はタオルケットを女性の頭の上に改めて被せ直した。
顔さえ見られなければ起き上がっても恥ずかしさは随分軽減出来る筈である。
タオルケットの上から女性に話しかけた。
俺「次、降りますよ」
女性から返事はなかったが、少し頷くような仕草をした。
電車がホームに入り速度が緩やかになったのに合わせて女性の身体をゆっくり持ち上げ、立ち上がらせる。
バッグを取ろうとする女性を制し、扉の方へ促した。
俺は汚れていない手で女性のバッグと自分の荷物を全て持って扉へ向かった。
改めて気付くと、俺が居た車両にはほとんど人が居なかった。
そりゃゲロった車両に居たくないだろうし当然か。
しかし、よく見ると両側の車両からこちらをじろじろ見る人影が……。
あぁ憎い…視線が痛い…憎い痛い……こっち見んなクソッタレ。
扉が開きホームへ出ると、連絡を受けていたのであろう女の駅員さんが立っていた。
ほとんど吐き尽くして酔いも冷めたのか、女性の足取りはそんなに乱れていなかった。
女性は駅員さんに具合を聞かれた。
が、まだ喋る余裕はなかったらしい。
俺「えっと・・・」
俺は女性の代わりに駅員さんに状況を説明した。
せっかく早く帰れたのにタイムロスだなぁ…と心無い事を思いながら手短に説明を終えた俺は
「これ、バッグ」
ずっと持ったままだった女性のバッグをそっと返した。
俺「すみません。
自分はこれで失礼します」
と言い、そそくさとその場を後にした。
駅員「どうもご協力ありがとうございました」
と駅員さんにお礼を言われて軽く会釈し、女性にも視線を送ると、女性も駅員に合わせて小さく頭を下げていた。
女性にも会釈を返し、反対側のホームへ向かった。
途中、男子トイレに入り、手洗いとうがいを済ませた。
どうやら女性は駅の控え室のようなところへ誘導されて行ったらしい。
…やれやれ災難だった。
ちなみにポーチは車掌さんにもらったビニール袋にぶち込んで処分してもらった。
あの小物入れの代用品をまた探さないと…。
やってきた逆方面の電車に乗り込んだ俺はスマホを使い、通販サイトで物色を始めた。
それからしばらく経ったある日の事。
俺は相変わらず残業の毎日を送っていて、その日も会社を出たのは夜の23時過ぎだった。
終電の1つ前の電車に乗るのがもはや日課になりつつある。
人がポツポツとしか居ない駅のホームで電車を待つ。
…すると、ふと横から視線を感じた。
視界ギリギリのところで人の顔がチラチラ見切れる。
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