ロシア人人妻研修生 6
彼女に始めて会ったのは、私がかつて大きな仕事に成功して、会社での今の地位を獲得するきっかけとなった、日本海側にある支社で行われたパーティーの席だった。
ロシアのインフラは壊滅的な状況にある。ウラジオやハバロフスク、サハリンといった我々にもなじみのある場所でも、ライフラインの安全な運営さえままならない状態だ。
私がその支社のトップだったときに手がけた公共ビジネスは、いまや我が社の売り上げを支える大きな柱の一つになっている。
だが、まだまだロシアには新しいビジネスチャンスが転がっているはずだ。
私は対露ビジネスの最前線であるこの支店には愛着がある。だからこそ、ここ何年間かの業績の「安定」振りには大きな不満を抱いている。「特許申請」など正直どうでもいい話だ。
私はパーティーの開催を聞き、お祝いと称して現状視察をすることに決めた。
パーティーは午後6時から始まった。
女性社員は皆、同僚の結婚式に出るような格好をしている。どうせ今の支社長が号令を掛けたのだろう。馬鹿らしい話だ。
「常務がお築きになられたロシアとの交流もますます深まり、今年はウラジオストックから3人の研修生を迎えております。」
私の前に二人の女性と一人の男が紹介された。
私の目はそのうちの一人に釘つけになった。これは美人だ・・・。極東ロシアにこれほどの美人がいるなんて珍しい。
「エルヴィラ=ぺトローヴナ=トルスタヤです。ハジメマシテ」
黒いドレスから覗く白い肌が悩ましい。なんて立派な胸だ
「Очень приятно Меня зовут исао цзи」
彼女は少し驚いて、ロシア語がお上手ですね、と笑った。
しばらく二人でロシア語で話した。ウラジオでは短大を出て、電話局で働いていたこと、日本ではシステムの研修を受けていて、非常に有益だがそろそろ違う研修を受けたい、自分自身は人と人とのコミュニケーションがとれる仕事を希望している、とのことだった。
私を一番落胆させたのは、彼女に夫がいること、その容姿からは想像しがたいが、2歳の娘を持つ母であることだった。
思いのほか彼女と多く話してしまい、必然的に他の研修生二人ともおなじ時間を割いて話さなければいけなくなった。
部下を容姿で区別を付けることは、今の管理職としてもっとも犯してはいけないミスである。
退屈なパーティーは3時間にも及んだが、私はエルヴィラ=ぺトローヴナのことが気になって仕方がなかった。
ロシアでシビアな商談をしているときも、私周辺には魅力的なロシア女性はたくさん現れた。しかしどこで脚をすくわれるかわからない。
ロシアのやり口は有名だ。外務省から末端の民間企業まで、美しい女性はつねに危険である。
しかし、エルヴィラ=ぺトローヴナの美しさ、均整の取れた体、というのは、久しぶりにロシア女性を見たことを差し引いても一級品であることは間違いなかった。
パーティーが終わり、結局私は彼女と再び会話をするチャンスに恵まれなかった。
人は私を押しの強い人間だと思っているかも知れないが、女性に対して臆病に過ぎる自分、特に相手が美しくなればなるほど無意識に遠ざけようとする小心さは、いくら社会的な地位を占めても克服することが出来なかった。
二次会をホテルのバーで行うようだが、早く部屋に帰り、眠りたかった。
私がトイレに向かうと、エルヴィラ=ペトローヴナが一人でどこかへ電話している姿が目に入った。
軽く会釈をすると、彼女は私に名詞をいただけないか、と聞いてきた。私がうなづいて渡すと、今日は友達とこれから会う約束をしてしまったので無理だが、私の日本でのキャリアについて相談したいことがあるので連絡をとってもいいか、と青い目で訴えるように話してきた。
私は内心躍り上がってよろこびたいのを押さえ込んで、いつでも連絡をしてください。メールアドレスも書いています。と伝え、2次会の会場に向かった。
彼女から連絡があったのは、東京に帰ってから、パーティーの次の週の火曜日のことだった。
そのメールは、少しの日本語と、多くのロシア語で書かれていた。あのパーティーでの会話で、彼女は私のロシア語能力を充分と思ってくれたのだろう。光栄なことだ。
自分は営業の研修を受けたい、そのほうが研修費を支払ってくれているこの会社や、ウラジオストックで私の成果を待っている人達のためになると思う。どうか協力して頂けないか、とのことだった。
私はすぐに返信をした。あなた方の処遇はすべて支社長に任せてあるので、私が上から何かを言うことは出来ない。ただ、あなた方がせっかく日本に来ているのに希望の職種を研修できないのは私としても残念だ。
一度直接のトップ、つまりシステム開発のリーダーに相談してみなさい。私のほうでもあなた方の希望を最大限にかなえるように打診はしてみる、との旨をメールで送った。
私は既に、自分自身が引いている公私混同のラインを超えてしまった気がして仕方がなかった。いや、しかし、たとえ他の研修生から同じことを聞かされても、私は同じことをしたはずだ、私はそう自分に言い聞かせた。
その次の週、彼女から無事研修場所の移動が叶ったとの返信が来た。私は彼女の期待を裏切らなかったことに安心したが、これ以上関わるのはやめよう、と決心した。
何か彼女には危険な感情を抱いてしまいそうだからだ。彼女より美しい造形をもつロシア人は数多くいるだろう。しかし彼女の雰囲気は尋常ではない、その理由がまだ私には分からなかった。人妻だからなのだろうか?それとも私の個人的嗜好なのだろうか?
思いがけなく彼女に再会する日は早かった。
11月の始めに、あの支社のロシア人研修生3人が本社研修と言うことで、上京してきたのだ。一人はデザイン、一人は開発で受け入れているので、営業畑の私には始めに挨拶に来ただけで、一週間の研修の間何の接点もなかった。しあkし、エルヴィラ=ペトローヴナは海外営業の研修を受ける。
営業の研修など、はっきり言って前例がない。そもそも本社研修も、一種の物見遊山のような認識しかない。受け入れた海外営業の本部長も当惑しているようなので、私は取締役である私の秘書、というような形で色々なビジネスシーンに立ちあっていただいたらどうでしょう?まあ秘書をつけるほど私もまだ偉くないですが、と助け舟をだすような形で提案してみた。私より8つも年上の本部長は喜んでこの提案を受け入れた。
彼にしてみたら、ここ10年で急に勢力を伸ばしたロシア閥に好きにさせておけ、くらいい考えていたのだろう。
こうして、私と彼女、エルヴィラ=ペトローヴナは一週間の間、ほぼ一緒に過ごすことになった。
彼女の美貌、彼女の肢体に引かれているという負い目があり、私は彼女を重要な商談にも平気で連れて行くことにした。
私が会うような役職の人間は、さすがに他の会社の部下の容姿を話題にする、といった不用意なことはしないが、私が「この一週間だけ秘書をしてくれます。」と事情を簡単に説明すると、みな一様にまぶしそうに彼女をみて、時折スーツから覗く綺麗な脚のラインや、スリットから覗く腿、ジャケットを突き上げる胸などをちらちらと見ている姿が愉快ではあった。
彼女は非常に真面目な態度で研修に望んでいた。宿泊先のホテルに帰っても、遅くまで日本語の勉強や、名詞の整理などをしているらしい。彼女の日本語は驚異的な上達をしていた。
私は、なるべく夜の会合を増やし、彼女に東京の美味しい食事を楽しんでもらおうとした。しかし、個人的に誘うのは必死に我慢した。今は上司が部下を1対1の食事に誘える時代ではない。
研修もあと二日となった木曜日、関係官庁の役人達と新橋で食事をした後(彼らがエルヴィラ=ペトローヴナの脚ばかりを見ていたのは今思い出しても滑稽だが)店からタクシーに乗り自宅へと向かった彼らを見送り、最後に来た車に乗り込んだ。彼女をホテルまで送り、そのまま自宅へ帰るつもりだった。
運転手にホテルの名前を告げると、私は少し酔いもあってかロシア語で彼女に話しかけた。
「ご主人とお子さんに逢いたいでしょう?往復の飛行機代くらいはおそらくこちらの研修費用として処理できると思います。6ヶ月は長いですね」
彼女はそれには答えず、同じようにロシア語で
「ツジさんとゆっくりお話しする機会がないのが残念です。二人で」
私の腕を軽く握り、今までとは違うトーンの声を出し、潤んだ青い瞳で私の目を見つめた。
「しかし・・」
「私が嫌いですか?ロシア語で色々相談したいことがたくさんあるのに・・」
そう言うと、彼女は私の手を上から握り、指を絡めた。
私はその瞬間、今まで自分が守っていた何かを破られたような気がした。運転手に少し離れた繁華街を告げ、信用できる知り合いのやっているバーへと向かった。
バーの前に行くと、彼女は立ち止まり入ろうとしない。
都心の高級ホテル、それも超、のつくホテルが以外に一番目撃される恐れが少ない。
とは言うものの、どこでどういった人間が見ているか分からない。私は一番人が出入りすることの少ないスウイートをとり、先に彼女に鍵を持たせ、しばらくロビーで時間を潰した後、ここ10年で一番緊張しながら高層階へと上がった。
<続く>
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だが、まだまだロシアには新しいビジネスチャンスが転がっているはずだ。
私は対露ビジネスの最前線であるこの支店には愛着がある。だからこそ、ここ何年間かの業績の「安定」振りには大きな不満を抱いている。「特許申請」など正直どうでもいい話だ。
私はパーティーの開催を聞き、お祝いと称して現状視察をすることに決めた。
パーティーは午後6時から始まった。
女性社員は皆、同僚の結婚式に出るような格好をしている。どうせ今の支社長が号令を掛けたのだろう。馬鹿らしい話だ。
「常務がお築きになられたロシアとの交流もますます深まり、今年はウラジオストックから3人の研修生を迎えております。」
私の前に二人の女性と一人の男が紹介された。
私の目はそのうちの一人に釘つけになった。これは美人だ・・・。極東ロシアにこれほどの美人がいるなんて珍しい。
「エルヴィラ=ぺトローヴナ=トルスタヤです。ハジメマシテ」
黒いドレスから覗く白い肌が悩ましい。なんて立派な胸だ
「Очень приятно Меня зовут исао цзи」
彼女は少し驚いて、ロシア語がお上手ですね、と笑った。
しばらく二人でロシア語で話した。ウラジオでは短大を出て、電話局で働いていたこと、日本ではシステムの研修を受けていて、非常に有益だがそろそろ違う研修を受けたい、自分自身は人と人とのコミュニケーションがとれる仕事を希望している、とのことだった。
私を一番落胆させたのは、彼女に夫がいること、その容姿からは想像しがたいが、2歳の娘を持つ母であることだった。
思いのほか彼女と多く話してしまい、必然的に他の研修生二人ともおなじ時間を割いて話さなければいけなくなった。
部下を容姿で区別を付けることは、今の管理職としてもっとも犯してはいけないミスである。
退屈なパーティーは3時間にも及んだが、私はエルヴィラ=ぺトローヴナのことが気になって仕方がなかった。
ロシアでシビアな商談をしているときも、私周辺には魅力的なロシア女性はたくさん現れた。しかしどこで脚をすくわれるかわからない。
ロシアのやり口は有名だ。外務省から末端の民間企業まで、美しい女性はつねに危険である。
しかし、エルヴィラ=ぺトローヴナの美しさ、均整の取れた体、というのは、久しぶりにロシア女性を見たことを差し引いても一級品であることは間違いなかった。
パーティーが終わり、結局私は彼女と再び会話をするチャンスに恵まれなかった。
人は私を押しの強い人間だと思っているかも知れないが、女性に対して臆病に過ぎる自分、特に相手が美しくなればなるほど無意識に遠ざけようとする小心さは、いくら社会的な地位を占めても克服することが出来なかった。
二次会をホテルのバーで行うようだが、早く部屋に帰り、眠りたかった。
私がトイレに向かうと、エルヴィラ=ペトローヴナが一人でどこかへ電話している姿が目に入った。
軽く会釈をすると、彼女は私に名詞をいただけないか、と聞いてきた。私がうなづいて渡すと、今日は友達とこれから会う約束をしてしまったので無理だが、私の日本でのキャリアについて相談したいことがあるので連絡をとってもいいか、と青い目で訴えるように話してきた。
私は内心躍り上がってよろこびたいのを押さえ込んで、いつでも連絡をしてください。メールアドレスも書いています。と伝え、2次会の会場に向かった。
彼女から連絡があったのは、東京に帰ってから、パーティーの次の週の火曜日のことだった。
そのメールは、少しの日本語と、多くのロシア語で書かれていた。あのパーティーでの会話で、彼女は私のロシア語能力を充分と思ってくれたのだろう。光栄なことだ。
自分は営業の研修を受けたい、そのほうが研修費を支払ってくれているこの会社や、ウラジオストックで私の成果を待っている人達のためになると思う。どうか協力して頂けないか、とのことだった。
私はすぐに返信をした。あなた方の処遇はすべて支社長に任せてあるので、私が上から何かを言うことは出来ない。ただ、あなた方がせっかく日本に来ているのに希望の職種を研修できないのは私としても残念だ。
一度直接のトップ、つまりシステム開発のリーダーに相談してみなさい。私のほうでもあなた方の希望を最大限にかなえるように打診はしてみる、との旨をメールで送った。
私は既に、自分自身が引いている公私混同のラインを超えてしまった気がして仕方がなかった。いや、しかし、たとえ他の研修生から同じことを聞かされても、私は同じことをしたはずだ、私はそう自分に言い聞かせた。
その次の週、彼女から無事研修場所の移動が叶ったとの返信が来た。私は彼女の期待を裏切らなかったことに安心したが、これ以上関わるのはやめよう、と決心した。
何か彼女には危険な感情を抱いてしまいそうだからだ。彼女より美しい造形をもつロシア人は数多くいるだろう。しかし彼女の雰囲気は尋常ではない、その理由がまだ私には分からなかった。人妻だからなのだろうか?それとも私の個人的嗜好なのだろうか?
思いがけなく彼女に再会する日は早かった。
11月の始めに、あの支社のロシア人研修生3人が本社研修と言うことで、上京してきたのだ。一人はデザイン、一人は開発で受け入れているので、営業畑の私には始めに挨拶に来ただけで、一週間の研修の間何の接点もなかった。しあkし、エルヴィラ=ペトローヴナは海外営業の研修を受ける。
営業の研修など、はっきり言って前例がない。そもそも本社研修も、一種の物見遊山のような認識しかない。受け入れた海外営業の本部長も当惑しているようなので、私は取締役である私の秘書、というような形で色々なビジネスシーンに立ちあっていただいたらどうでしょう?まあ秘書をつけるほど私もまだ偉くないですが、と助け舟をだすような形で提案してみた。私より8つも年上の本部長は喜んでこの提案を受け入れた。
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彼女は非常に真面目な態度で研修に望んでいた。宿泊先のホテルに帰っても、遅くまで日本語の勉強や、名詞の整理などをしているらしい。彼女の日本語は驚異的な上達をしていた。
私は、なるべく夜の会合を増やし、彼女に東京の美味しい食事を楽しんでもらおうとした。しかし、個人的に誘うのは必死に我慢した。今は上司が部下を1対1の食事に誘える時代ではない。
研修もあと二日となった木曜日、関係官庁の役人達と新橋で食事をした後(彼らがエルヴィラ=ペトローヴナの脚ばかりを見ていたのは今思い出しても滑稽だが)店からタクシーに乗り自宅へと向かった彼らを見送り、最後に来た車に乗り込んだ。彼女をホテルまで送り、そのまま自宅へ帰るつもりだった。
運転手にホテルの名前を告げると、私は少し酔いもあってかロシア語で彼女に話しかけた。
「ご主人とお子さんに逢いたいでしょう?往復の飛行機代くらいはおそらくこちらの研修費用として処理できると思います。6ヶ月は長いですね」
彼女はそれには答えず、同じようにロシア語で
「ツジさんとゆっくりお話しする機会がないのが残念です。二人で」
私の腕を軽く握り、今までとは違うトーンの声を出し、潤んだ青い瞳で私の目を見つめた。
「しかし・・」
「私が嫌いですか?ロシア語で色々相談したいことがたくさんあるのに・・」
そう言うと、彼女は私の手を上から握り、指を絡めた。
私はその瞬間、今まで自分が守っていた何かを破られたような気がした。運転手に少し離れた繁華街を告げ、信用できる知り合いのやっているバーへと向かった。
バーの前に行くと、彼女は立ち止まり入ろうとしない。
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とは言うものの、どこでどういった人間が見ているか分からない。私は一番人が出入りすることの少ないスウイートをとり、先に彼女に鍵を持たせ、しばらくロビーで時間を潰した後、ここ10年で一番緊張しながら高層階へと上がった。
<続く>
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